永遠のコメディアンへ~志村けん

志村けん

昭和47年(1972)活動開始

いかりや長介の家に座り込んで弟子入り志願し、加藤茶の付き人として加藤家に居候。
一時、脱走や井山淳と「マックボンボン」というコンビを組むなどをしていましたが1973年にザ・ドリフダーズの「メンバー見習い」として再(々)加入します。

1976年に「東村山音頭」でブレイク、1985年に『全員集合』が終了して翌1986年に『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』がスタートし、『志村けんの失礼しまぁーす!』『志村けんのだいじょうぶだぁ』『志村けんのバカ殿様』『志村動物園』など、人気の冠番組を次々と持つ超人気コメディアンとなり、日本のコメディ界を牽引。

「ヒゲダンス」「変なおじさん」「アイーン」「ひとみ婆さん」など社会現象にもなる数々のキャラクターやギャグを生み出しました。

映画やドラマの俳優としてのオファーは断り続けていましたが、1999年の映画『鉄道員(ぽっぽや)』で、高倉健から直接出演依頼の電話を受けたことから出演。

以来20年ぶりとなる2020年の映画「キネマの神様」への出演や初のドラマ出演(NHK連続テレビ小説『エール』)を控えていましたが、2020年3月29日に新型コロナウィルスによる肺炎のため70歳の障害を閉じました。

データ

志村けん 昭和25年(1950)~平成32年(2020)

1999年 ゴールデン・アロー賞 芸能賞
ザ・ドリフターズ時代の映像はこちらから

志村けんオフィシャルブログはこちらから

見習い志村主役コント~ドリフターズ

下着泥棒~志村けん

夜へ急ぐ人~志村けん

CM撮影~志村けん

『志村けんのバカ殿様』

1986年からフジテレビ系で不定期に放送されていた番組です。
『8時だョ!全員集合』の中で生み出されたキャラクターで、絶対的な権力者だったいかりや長介をこてんぱんにやり込める演出が斬新でした。

志村さんのご冥福をお祈りいたします。

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