早逝の天才~若井はんじ・けんじ

若井はんじ・けんじ

早いテンポのやりとりと、「頭の先までピーコピコ」「ごめ~んね」などのギャグが流行語となりました。

MBSテレビ『ダイビングクイズ』の司会(1964年~1973年)を務めたことで人気が定着した兄弟漫才コンビ。

昭和23年(1948)に「荒川福児・笑児」
昭和34年(1959)に「デイト チック・ヤング」
昭和35年(1960)に「若井はんじ・けんじ」
と3回名前を変えています。

昭和50年(1975)はんじの死去により解散、けんじは東大阪市議を努めた後、漫談に復帰しますが、自動車事故のため死去。二人ともこれからという時に亡くなられています。

データ

若井はんじ(ワカイ ハンジ) 昭和8年(1933)~昭和51年(1976) 享年42
若井けんじ(ワカイ ケンジ) 昭和10年(1935)~昭和62年(1987) 享年52

若井はんじけんじ(昭和49年)

金持ちになりたい~若井はんじけんじ(昭和49年)

お笑いベビー誕生(昭和44年)ボウリングゲーム(昭和46年)~若井はんじけんじ

早逝の天才~若井はんじ・けんじ” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です